プロローグ
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魔物使いにとってのモンスターは、手足。
彼はズルなんてしていない。
彼は自分の手足を、道具を、使っただけ。
ビアンカは、こんな言い訳をしていた夢を見た。
目覚めてわれに返れば、サラボナの宿屋のベッドの上だった。
(なんて後味の悪い目覚めだろう)
頬にはうっすらと汗をかいて、豊かなブロンドが貼りつくように湿っていた。
砂漠地帯特有の暑さのせいだけではないだろう。
上質な綿のシーツにふかふかのベッド、寝床はむしろ快適だ。
「はぁ・・・どうしてあんな夢を見ちゃったんだろう。」
ビアンカは深いため息とともにつぶやいた。
問うてはみたが、原因はわかっていた。
目を閉じて浅く、夢の内容を思い出してみる。
『あの男はあんなにたくさんの仲間を連れてリングを取った!
他の誰もがたった一人で挑んだ道を。
馬車の中いっぱいに魔物を連れて、彼らを使ってリングを取った!
それは本当にあの男の力なのか?
どうして誰も気づかない、それとも言えずにいるのだろうか。
だまされているんだ、フローラも、ルドマンさんも、
ライバルであった男たちでさえも!!』
それは刹那に満ちた声だった。
姿こそあいまいだが、悲しげで、恐ろしいほどのその声と、
肉の焦げたような臭いだけは、生々しく記憶に残っていた。
ビアンカは、その声の主を知っていた。
(アンディ・・・)
まだ彼自身に出会う前、
フローラ嬢に恋する男の中にそんな人もいる、と
トンヌラの口から聞いていただけだった。
しかし、
トンヌラの後についてその男に出会ったとき、ビアンカは愕然とした。
アンディ、そう呼ばれた男は、
力なくベッドに横たわり、こちらを見ていた。
きっと自慢であったろう、長いブロンドは所々すすけて乱れ、
両腕や胸に巻かれた包帯からは、ただれた血肉が覗いていた。
端整な白い顔に、醜く刻まれた赤班が目立つ。
「トンヌラさん・・・
すみません、こんな格好で・・・」
病んでいたからだろうか、ただ一言だけの言葉は重く湿り、
悲しさと恨みに似た、冷たさを持っているように感じた。
驚いてトンヌラに尋ねれば、、
炎のリングを必ず見つけ出すと言ったこと、
たった一人で死の火山に向かったこと、
火山の中で倒れていたこと、
・・・彼が傷ついたいきさつを、聞くことができた。
(・・・)
ビアンカは布団の上で、再びため息をついた。
実際に、彼が夢の中のように思っているかどうかはわからない。
あの夢は、ビアンカ自身が作り出した台詞だ。
(なんだか、もやもやして苦しい・・・)
何がこんなに引っかかるのだろう、
アンディの痛々しい姿は確かにトラウマになりそうだった、
でも、それだけではない。
何かが心に引っかかっている。
あの重く湿った声の調子なのか、それとも・・・
「あーあ、なに暗くなってんだか!
こんなの、私らしくないよね!」
ビアンカはわざと大声を出して飛び起きた。
乾いた木の床は冷たく、素足に心地よい。
心の奥でくすぶる闇を消し飛ばしてしまうように、
思い切りよく窓を開けた。
外は眩しいほど明るく、空しいほどに晴天だった。
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