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金の髪の……



聖地の夜はすっかり更けて、深い闇が辺りを包んでいた。
昼間は賑やかな公園も、森の泉も眠りについて。
静かに、静かに時を刻んでいた。



そこに、闇に紛れそうな黒い人影。
それは木の影かと見まごうような、細く、高い影。
月影に照らされて、ブラックライトのように佇む姿。


誰よりも夜の闇が似合う、闇の守護聖クラヴィス


職務中に着けている硬い装飾を外し、ただ黒紫色のローブのみの彼は、
いつもよりもいくらか身軽で、ゆらりと夜空に溶け込んでゆきそうであった。


彼は星を見に、テラスまで来ていた。
どこかにしまいかけた深い悲しみを、
夜空だけは何も言わずに受け止めてくれる気がした。



「眩しいな……」



その日は深い闇に、月明かり。
丸く、大きな月が広く夜空を覆い、眩しいほどに輝いていた。
金色の、光。


眩しすぎるほどの月は、星々の影さえも隠して、
夜空の闇を独占しているように見えた。
ただひとつの光が、これほどにも闇を魅せる。
暗さ、寂しさ、恐怖……闇の持つ憂いをすべて、安らぎに変えていた。



ラヴィスは目を伏せ、その光景を自ら遮った。
美しすぎる夜空が、あまりにも幸福に見え、
その後に来る不幸を予想してしまいそうだったからかもしれない。



「……こんな日もある……」



ラヴィスは、月に背を向けて、テラスを後に歩き始めた。
せっかく夜中に出てきたのだから、ついでにあの女王候補の大陸に
少しだけ力を送ってみようか。
そんなことを考えながら、ふと顔を上げた彼の目に、金色の光が映った。


金色の光。
それは月ではない。
キラキラと月の光を映して流れる、金の髪。


金の髪……



あの女王候補か?
……違う。
あの軽やかな、ふわりと弾む髪ではない。
長く、真っ直ぐで、鋭いほどに静かな。
見覚えのある、金の髪。


真っ白なローブが闇の中に浮かぶ。
まるで亡霊のようにフラフラと。
はちみつを溶かしたミルクのように、消え入りそうな後姿。



幻か?



ラヴィスはしばらく、そこを動けずにいた。
その後姿が、しまいきれない想いの人に似ていたから。


聖地にはいくらでも人間がいる。
別人かもしれない。


でも……


もう、後悔は出来ない。
後悔は、したくない。
ラヴィスは、軽くくちびるを噛んで自分に言い聞かせた。


そして
風に晒させて、微かに震える金の髪。
泣いているような後姿に、そっと手を伸ばした。