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「アンジェ……」


「……とーさん?」


「え?」


「あっ」



振り向いたその顔。
白い頬、小さな薔薇色のくちびる、そして……すみれ色の瞳。


「……ま、マルセル……お前か。」


「わっ、ク、クラヴィス様!」


そうだ、確かに似ていた。
いつも髪を束ねているせいか気づかなかったが、
真っ直ぐな金の髪、すらりとしたシルエット、儚げな後姿。
そう、そこにいたのは緑の守護聖、マルセルだった。


少しでも期待してしまった自分を恨みながら、
苦々しい表情を隠せないクラヴィスに、マルセルは無邪気な声を掛けた。


「クラヴィス様……僕のことアンジェと間違えたんですか?
 クラヴィス様とアンジェって、とっても仲良しですもんね!
 うふふっ、大丈夫、僕誰にも言いません。」


「…………。
 ……お前は何故夜中にこんなところにいる。
 …………しかも……」


しかも寝巻きのままで。
そう言いかけて、気がついた。
月明かりに照らされた白い頬は、微かに濡れていた。
笑顔に飾られたすみれ色の瞳は、水を多く含んできらめいていた。


「……泣いていたのか。」


「えっ!
 いいえっ、これは……なんでもないんです!」


マルセルは白いローブの袖口で、ゴシゴシと顔をこする。
それこそ泣いていたという証に他ならない。


「故郷が……恋しいのか……」


「えっ、ど、どうして……」


「……さっき私を、お父さんと呼んだだろう。」


「うっ……」


マルセルは真っ赤になってうつむいてしまった。
まさに、先生をお母さんと呼んでしまったときのような小恥ずかしさである。


「ご、ごめんなさい……お家のことを考えていたから、つい。」


「……不幸だな、お前も。」


「えっ?」


ラヴィスは、少し高めの切り株に腰を下ろした。
長身の彼はちょうどこのくらいで、マルセルと無理なく視線が合った。


「考えるだけ無駄だ。
 もう二度と、会えないのだから……」


聖地と下界とでは、時の流れが違う。
守護聖に選ばれた、などといえば喜ばしく華やかに聞こえるが、
それはつまり、一度死んで天の国へ行くも同じこと。
大儀を持って天に召される、生贄とも同じこと。


「わかってます、僕……。
 でも、お父さんもお母さんも、僕のこと忘れないって言ってくれたから、
 僕も……会えなくても、思い出します。
 もしかしたら僕の思いが、届くかもしれないし。」


「……何故、守護聖の命など受けた。
 お前は、不幸になってまで……」


「ふ、不幸なんかじゃありません、僕!
 守護聖になれるって素晴らしいことなんですよ。
 皆だって頑張ってるんだもん、ゼフェルもランディも、アンジェやロザリアだって!」


小さな拳を二つ、ぎゅっと握って真っ直ぐに講義する姿。
曇りのない澄んだ瞳が、何故か痛々しいほどだった。


「…………。」


「だから僕、もう泣いたりしません。」


真っ直ぐに佇んで、キッと言い放つ言葉。
やけに冷たさを含んで、まるでクリスタルグラスのような言葉だった。
その言葉が胸に突き刺さったように、クラヴィスの心は乱れた。
ジュリアスの小言を聞くような不快さでもなく、
ランディの連続ランディジャンプを見ているときのような煩わしさでもない。
しかし、言い知れぬ心地の悪さがクラヴィスを襲った。