3
クラヴィスは無言で立ち上がり、私邸の方向へ一歩踏み出した。
「クラヴィス様……もう帰ってしまうのですか?」
「ここに長居する理由はない……」
「でも……」
「マルセル……」
クラヴィスは、マルセルに背を向けたまま、静かに言葉を続けた。
「お前はいづれ……ジュリアスみたいな男になるのだろうな。」
「えっ?」
もうひとつの、懐かしい、金の髪。
豊かにあふれて揺れる黄金の波。
輝いて、輝いて、眩しく。
自らを隠すほどに、眩しく。
「似ている……」
「ジュリアス様に、僕が?」
「遠い昔の話だ……お前のように、まだ子供だった頃。
……そうだ、いつも。」
この心地の悪さを、解き明かすように。
「いつも……怒り、誇り……光の壁で自らを隠し、
本当の思いを隠して、……その痛いほど透き通った瞳で私を見る。」
「本当の、気持ち……」
「……悲しみを、寂しさを持つことはそれほどに恥か……
幸福を失った自らを不幸と感じるのは、それほどに悪か……?
マルセル……」
クラヴィスは、いつもより少しだけ多く話をした。
恐らくこの、静かな深い闇の中であったからだろう。
そんなクラヴィスの黒い背中を、マルセルはじっと見詰めていた。
しばらくの沈黙が続き、今一歩、クラヴィスが足を進めた。
同時に、マルセルの細い腕がクラヴィスを捕らえ、引き止めた。
弱い力で、きつく。
「……マルセル?」
「……クラヴィス様……ッ……僕……
ホントは寂しいんです、すごく……
お父さんや、お母さんや……大好きな友達……みんな……
会いたくて……会えないのわかってて……それでっ……!」
マルセルの腕は、震えていた。
頬の熱さが、黒いローブを通して伝わるようだった。
「でも……泣いちゃいけないって思って……
それでも、寂しいときは僕……こっそり一人で森に来たの……
僕……泣いてもいいの……?」
「……私はジュリアスではない。
お前が私の前で何をしようと……構いはしない。
咎める意味のないことだ……」
そしてクラヴィスはただ静かに、佇んでいた。
まるで木の影、そのもののように。
静かに、静かに。
いつの間にか、マルセルはクラヴィスにすがりついて泣いていた。
子供っぽいと言われながらも、張りつめていた心。
寂しさを閉じこめた、最上級の笑顔。
「僕……すごく大事な仕事なのに……上手くいかなかったり……
みんな……仲良しできなかったり……僕……怖くて……ふあんで……
でも僕……早くみんなに、追いつきたくてぇ……」
クラヴィスは、泣きじゃくるマルセルの方に身体を向けると、
冷たい指で、そうっと金の髪をなだめた。
そして、無愛想に、ゆっくりと言葉を捜した。
「昔、ルヴァに聞いた話だ。
草木は、光により大きく育つ……ただ、それだけのように見えるが、
闇の中で眠らなければ花を咲かせることがない、と。」
小さな野花に、話しかけるようにそっと。
「お前はただ、強がり、孤独にでも輝いていなければならない……
天に立つ、光とは、違う。」
大地に支えられ
光に命を与えられ
「既にお前と共に、生きるべき多くの者がある……」
闇を経て花を咲かせ
水を得て輝く
「クラヴィス様……僕……」
風に乗って種を飛ばし
夢を映して微笑を作る
「みんなに、守られてるんですね……
わかっていたはず、だけど、気づかなかった……
ただ、一人の気がして寂しく思ってた……」
寒さの日には炎に寄り添い
鋼の壁に守られる
「それと、怖いって思ってた……クラヴィス様の闇がこんなに、
あったかくて、安心できるってことも……」
「……」
誰もに愛される、小さな緑は
ここにある静かな闇の口元にも少しだけ、ほほえみを運んだ。