-ruby-

今日は、ずっと馬車の中にいた。
なんだか、外に出たくなかった。
空はずっと青かったけど、俺の心は、曇っていた。



戦いに出ていたみんなは、町に買い物に行っていた。
馬車の中には、俺と、そして・・・
ロザリーさんだけになっていた。


「勇者さんは、町には出かけられないのですか?」


ロザリーさんが話しかけてきた。
いつも、寂しげに、穏やかに、にっこり笑って話をする。
それが何か心を隠しているように見えて、苦手だった。


「・・・はい、少し、休みたくて。」


みんなが戦っているのに、俺だけ休んでいるなんて、
それはいけないことだとわかっていた。


「そうですね、勇者さんはいつもがんばっていますもの。
 たまにはお休みしないと。」


それなのにロザリーさんは、限りなくやさしく、
柔らかな声でささやいて、微笑む。


「お菓子、食べますか?」


「・・・いいえ。」


俺はただうつむいて、あまりロザリーさんのほうを見ないで答えた。
その気遣いが、苦手だった。


「勇者さん・・・」


「お願いです、少し、話したくないんです。俺・・・」


「そうですか・・・ごめんなさい。」


そんなごめんなさいでさえ、ゆっくり、やさしく言う。
やさしく言って、それから、何も言わなかった。


俺は少しだけ顔を上げて、ロザリーさんの横顔を見た。
少し寂しそうに見えた。

ルビー色の髪が、馬車の中を走る風に揺れた。


「食べる・・・」


「えっ?」


「お菓子・・・」


「あ・・・はい。」


また、ゆっくり、笑った。
俺は、なんだか心がざわざわした気がして、ロザリーさんを見るのは、やめた。


「これ、ミネアさんにいただいたんですよ。
 コナンベリーで売っていたんですって、お砂糖のついた、焼き菓子。」


「それ・・・知ってます。
 この前・・・買って食べたの。」


「甘くて美味しいですよね。
 私はこういったものを・・・口にすることがなかったので珍しくて。」


「食べたことがなかったの、お菓子?」


「・・・ええ、あの、私たちエルフは、人間の作るものは・・・」


ロザリーさんはそう言って、困ったように首をかしげた。
手の上におかれた焼き菓子の包みが、動作にあわせて小さく揺れた。


「あのね・・・
 ロザリーさんは、町に行かないんだね、いつも。」


「ええ・・・あまり、慣れないもので。
 ピサロ様も、反対なさいますし。」


そう言ってまた、首をかしげた。


「あのね・・・」


「はい・・・」


「あのね・・・」


「はい・・・」


何度、とまっても、上手く話せなくても。
ロザリーさんはずっと、にっこりして俺を見てる。
俺はまだがんばって、しゃべれる気がした。


「怖い・・・?
 怖いですよね・・・人間。」


「ん・・・」


「町、人間たくさんいるし・・・
 だから、怖いから・・・行かないの?」


「・・・・・・」


ロザリーさんは、困った顔をして、でも少し、俺の近くに寄って座った。
肩が触れるか、触れないかくらいのとなりで、こっそりうなづいた。


「私・・・あの、人間がみんな悪い人じゃないってわかってます。
 勇者さんたちみたいに、優しい人もいる・・・
 でも・・・」


「・・・だって、殺されたんだもん・・・
 ロザリーさん、人間に殺されたんだ。」


「・・・うん。」


「痛かった・・・?」


「・・・すごく、・・・怖かったです。
 目の前が・・・真っ赤になって。」


ロザリーさんは、こっそりこっそり、小さく話した。
少し、震えていた。
でも、なんだか少しだけ、心が近くて、苦手じゃない気がした。


「勇者さんも・・・」


「うん・・・」


「・・・魔物たち・・・
 それに・・・ピサロ様に・・・」


「・・・・・・ん。」


「・・・・・・」


「あのねっ。」


俺は、黙っていないようにしようとした。
何か、言わなきゃいけないと思った。


「あのね・・・
 怖かった。すごくすごく・・・
 今も、ちょっと怖いの・・・ちょっと。」


「・・・ねぇ、勇者さん。」


「ん?」


「どうして・・・どうして・・・
 どうして私だけ・・・生き返らせてくれたんですか?
 どうして、ピサロ様を殺さずに・・・こうして・・・」


ロザリーさんは、じっと俺を見ていた。
やっぱり、震えていた。
すごく、勇気を出したみたいだった。


「・・・言ってたから、誰かが。
 デスピサロの心・・・溶かせたら、・・・
 そしたら・・・世界、救えるかもしれないって・・・」


「・・・勇者さん・・・
 ・・・私・・・」


「・・・」


「私ね・・・私も・・・
 人間を殺したいとは思いません・・・
 でも、怖いの・・・ただ、怖いだけ・・・
 それに・・・仲良くできたらって思う・・・」


「・・・同じ?」


「・・・同じ、ですか?」


「うん・・・同じ。」


俺は、ゆっくり呼吸をして、ちょっとだけ、笑えるようにした。
それで、ほんのちょっとだけ、ロザリーさんに、にっこりとしてみた。


「・・・あのね、だから・・・
 時々、魔物に会うのが怖くて・・・
 だから、戦いたくなくて・・・馬車の中にいちゃう。」


「・・・それじゃ・・・私が町に行かないのと・・・」


「うん、同じ・・・」


同じ、その言葉が同じだってコトが、胸に響いた。
なんだか遠い気がした、この人に近づけた気がした。


「でも・・・勇者さんは、強いんですね。
 こうして・・・ほんのたまに休むだけなんですから。」


「・・・俺は・・・勇者だから・・・
 がんばらなきゃ、いけないから・・・
 それに・・・だめでも、泣いても・・・みんなが、いるから。」


俺は自分でもびっくりするくらい、しっかり話をした。
ゆっくりだったけど、言いたいことが、言えてる気がした。


「あのね・・・ロザリーさんも、同じだけ、みんないるよ。
 俺と同じ数だけ・・・
 あのね、俺も・・・ロザリーさんの分と、ピサロさんの分・・・
 みんなが、ふえたから。」


「勇者さん・・・
 私も・・・力になれますか・・・?」


「ロザリーさんは俺のこと・・・
 力って、思ってくれる・・・?」


「・・・」


「・・・」


「・・・うん。」


二人、同時にうなずいた。
少しだけだけど、同じように、笑ってた。


「ねっ、これ・・・」


ロザリーさんは、きゅっと握り締めてしわのできた
焼き菓子の包みをほどいた。
そして、俺の手の上に焼き菓子をひとつ、乗せてくれた。


「これ、一緒に食べましょう。
 それで・・・」


「うん・・・」


「食べたら・・・一緒に町に行きませんか?」


「・・・俺と?」


「怖いけど・・・でも、でも、・・・
 私もお買い物したいです、みんなと一緒に・・・!」


ロザリーさんは、すごく勇気を出したみたいで、
勇気を出したみたいだけど、明るく、
ぎゅっと、笑ってた。


すごく、きらきらして見えた。
いつも泣いてたあの、ルビーの涙より、ずっと。


「俺も・・・みんなと・・・
 うんっ・・・遊びに行こう・・・そしたら・・・
 きっと武器屋さんにいるよ。」


「武器屋さんに・・・?」


「うん・・・ピサロさん。」


俺も、いつの間にか、笑ってた。
元気に、にっこり。


「びっくりするかもしれませんね。」


「びっくりするよね・・・怒るかな?」


「怒られたら・・・怖くないですか・・・?」


「怖い!」


「私も・・・」


「へへっ」


「ふふふ」


俺はロザリーさんと顔を見合わせて笑った。
こんな風に二人で笑ったのは、初めてだった。


焼き菓子を口にほおりこんで立ち上がった。
そして、馬車の外に出た。


「行こう・・・!」


「はいっ・・・」


俺はもう、ロザリーさんのこと、苦手じゃなかった。
心を隠すのはやめて、隠されてた心をもらった。


同じところが、見えた。
すごく一緒にいる、気がした。


空はずっと青かったけど、今は夕日に照らされて、赤い色だった。
ロザリーさんの髪の色と、同じ、赤い色だった。
それは人間が欲しがったルビーの色よりも、
魔物が欲しがった血の色よりも、
ずっと、ずっとあったかくて、綺麗な色に見えた。