永遠なる戦友

また憂鬱ループにはまりかけているが…
ここで日記を書かないわけにはいかない!
かるすとゆー人格はここでのみ存在する。
日記を書くのをやめてしまったら、
私はここで消えてしまうのだから……


とまあ、こんな台詞が出てくる現在、
デビルソードシリーズをプレイしている。
これはまたプレイ記であとで書こう。
今は……まだいいや。


春は出会いと別れが渦巻く季節。
季節とは全く関係ないが、
かるすにもひとつの別れが訪れようとしている。


何年も続けてきた定期更新ゲームを、
もう少しでクリアしてしまうのだ。


定期更新ゲームとは、いわゆるネットゲームである。
見ず知らずの方々とパーティを組んで
ダンジョンを進んだり依頼をこなしたりする。
でも、リアルタイムにキャラを動かすのではなく
いろいろ台詞とか入れておいて、
毎週更新されるのを待つゲームだ。
説明下手なのでこのへんで勘弁してくれ。
なにせ、週二回の更新なので
1シーン進むにもかなりの時間を要する。
そういうわけで、クリアに何年も(3年くらいか?)かかったわけだ。


この手のゲームを終らせるには3つのパターンがある。
ひとつは、リセット。
キャラが何処まで進んだかは関係なく、
ゲームマスターがいったん世界を終らせてしまうことだ。
バージョンアップのためとかで。
無料ゲームではテストプレイの形を取ることが多いので、
これが当たり前の終わり方だったりする。
これも結構寂しい。
いきなりプッツン、冒険が終ってしまうのだから。
もうひとつは、キャラ削除。
プレイヤーがやめようと思って削除する場合も
未更新状態が続いて削除される場合もあるが
これはしょうがない。
むしろ、残された者にとってショックだったりする。


そして、三つ目はクリア。
私はテストプレイばかりを経験していて、
『クリア』のあるゲームをしたことがなかった。
終わりはいつもリセット。
これが当然だった。
突然言い渡された死の宣告のように、
ショックだが、どうしようも出来ない。
その代わりに、悲劇を作り上げることで自らを癒せた。
世界が崩壊してしまった…とキャラに嘆かせることで、
もしくは、キャラを記憶喪失にしてしまうことで。
そして新しい世界への希望を抱いた。
まだ見ぬ、まだたどり着けなかった場所へ。


あるとき、リセットでしか終わりを作らなかった
無料テストプレイゲームが、有料になった。
つまりこれは、世界の完成を意味していた。
『クリア』の始まり。


今までは気づかなかった、
いや気づきたくなかったのかもしれない。
『クリア』とは何なのか。
自らの手で終わりへの道を切り開いていくこと。
神から突如宣告される終焉ではない、
自らが望み、歩んだ先にある終焉。
喜ぶべき終焉?
そこに悲劇は作れない。


愛する仲間と別れてまで
自らが今まで居た世界を歩む資格を失ってまで
進む必要があるのかな。
この先に希望はない。
全てを見尽くしてしまった虚しさ。
それでも、終焉に向かって歩いていく。
それでも


愛する仲間と『クリア』を手に入れられること、
幸せに思わなくてはいけないね。