第8話

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街の賑やかさに負けないくらい、空には星々がまたたいていた。

ビアンカは夜の街に出ていた。

部屋の中にいるだけでは、気が滅入ってしまいそうだった。



街のいたるところで、明日の花嫁選びの噂が飛び交っている。

あの人も、この噂を耳にしないわけがあるまい。



ビアンカは気づけば、毎朝通いなれたあの家までの道を歩んでいた。

今日は高熱が出て苦しんでいたアンディ。

この噂を知ったら、フローラがついに結婚することを知ったら・・・

彼はどんなに嘆き、悲しむのだろう。



「・・・?」



アンディの家の玄関まで来て、ビアンカは異変に気づいた。

家の裏のほうから、ちらちらと赤や青の光が放たれるのが見えた。

始めは街の明かりが反射しているものだと思ったが、それにしては激しすぎる。



(まさか、火事・・・!?)



ビアンカは、慌ててアンディの家の裏に回った。

しかし、そこで見たものは、予想に反するものだった。



「メラッ!」



そこには男が寝巻きのまま立っており、その指先からは火の玉が生まれた。



「ヒャドッ!」



男は次に、青い光を放つ冷気を浴びせ、その火の玉を消した。



「メラッ! ヒャドッ! メラッ!」



そしてそれを、ただひたすらくり返していた。



「アンディ・・・アンディさん!? 何してるの!?」



「・・・ビアンカ、さん・・・」



アンディは息を弾ませ、乱れた髪をも直さないまま魔法の光を放ち続けていた。



「アンディさん! あなたその身体で何を・・・やめさない、ひどくなるわよ!」



ビアンカはアンディに駆け寄り、魔法を放っている手を引いて彼女の方を向かせた。



「離して下さい・・・あなたも知っているでしょう。

 明日、花嫁が選ばれる・・・そしてすべてが終る。」



握ったアンディの手首は、汗にぬれて冷たく、しかし熱を持って内側から熱かった。



「・・・眠れない。 でも眠らないとどうにかなりそうで・・・

 こうしてMPを使い切ってしまえば、そして疲れきってしまえば・・・」



「アンディさん・・・判る、その気持ちは判るわっ。

 でもやめて、死んじゃうから!

 今、そんな無茶したらあなた、死んでしまうわ!」



「・・・構いませんよ。

 こんなことで死ねるなら・・・死んでしまえばいい、私なんて!」





バシッ





ビアンカの手が、アンディの頬を打った。

手加減のない勢いに押され、アンディは吹っ飛ぶように芝生にしりもちをついた。



一瞬の出来事。



あまりの衝撃に、アンディは口を利くことが出来なかった。

ただ打たれた頬を確認するように抑え、呆然とビアンカを見ていた。



「馬鹿! この弱虫!」



ビアンカは叫んだ。

そのマリンブルーの瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。



「何よ、なによ失恋の一つや二つッ!

 死ぬ気があるなら、明日ルドマン邸に乗り込んで、

 トンヌラぶっ飛ばしてフローラさん奪うくらいやりなさいよ!」



「・・・・・・」



「勘違いしてたっ!

 あなたはもっと根性のある人だと思ってたわ・・・なのに、

 死ぬなんて、弱虫! 

 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」



ビアンカは芝生に座り込んで、泣いていた。

人前で涙を見せることなんて、なかったのに。

なりふり構わず、泣いていた。

いままで張りつめに張りつめていた、緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。



「・・・ビアンカさん・・・

 ・・・私は・・・祝福します・・・どちらが選ばれても・・・」



「もちろんよ・・・私たちの・・・

 大好きな人が結婚するんだから・・・」



二人は微笑み合おうとした。

それも、溢れ出る涙に邪魔された。

何か大切な宝物をなくした子供のように、立ち上がりもせずただ泣いていた。



月は静かに雲に覆われ、二人の涙を隠した。



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