第7話

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「さっきの騒ぎはなんだったのだ。」



「僕にもよくわかりません。

 ビアンカが、フローラに用があったみたいなんですけど・・・」



ルドマン邸では二人の男が会話していた。

何日も前からこの二人は日に何時間も話をしている。

長話をしなければならないのはなぜか、それは結論がまとまらない会議だからである。



ビアンカさんか・・・トンヌラ殿、やはりそなたが式を決めあぐねておるのは、

 ビアンカさんが気になるからではないのかな?」



「・・・」



「隠さんでも良い、もう充分に気づいている。

 フローラとは気が合うようだし、他に結婚を躊躇する理由はない。

 そうでなければ説明がつかん。

 ビアンカさんが好きなのであろう、トンヌラ殿。」



「・・・」



トンヌラ殿、そんな顔をするんでない。

 良いから話を聞きなさい。」



「はい。」



トンヌラ殿は強くて男前で、私の若い頃にそっくりだが、

 優しすぎるのがどうも玉に傷だ。

 男はもっと強引に生きるべしだぞ。」



「・・・」



どうも煮え切らない態度のトンヌラに、ルドマンは既に業を煮やしていた。



「このまま長引かせるのも、トンヌラ殿のためになるまい。

 今夜一晩考え、明日の朝には花嫁を決めなさい。」



「えっ、明日までにですか?」



「そうだ。今日はビアンカさんには離れの別荘に泊まってもらうことにする。」



「・・・はい。」



少々強引なルドマンの意見に困惑しながらも、

これだけ待たせてしまった事実もあり断れず、トンヌラはひとつ返事をして扉を開けた。



ピロッ



「あれ、ビアンカ!」



「・・・」



扉の外にはビアンカがいた。

先ほどの騒ぎの謝罪に入って、偶然今の会話を聞いてしまったらしい。



トンヌラ・・・今の・・・」



「おお、ビアンカさんか、ちょうど良かった!」



ビアンカの言葉を遮るように、トンヌラの後からルドマンが顔を出した。



「今日は我が家の別荘に泊まりなさい。

 詳しい話は中でしよう、こちらへ来なさい。」



ビアンカはルドマンに導かれ、離れの別荘まで来ていた。

明日の朝、ルドマン邸にて花嫁の決定が行われるという。



いったいどういうことなのか。

結婚の話は順調に進んでいると思っていた。

それなのに、当のトンヌラが渋っていたなんて信じられない話だ。

しかも、原因はビアンカの存在だという。



トンヌラが私を好き・・・? そんな・・・)



それが本当だとしたら?

もちろんうれしい。

でもまさか、あのトンヌラに限って自分に恋心を抱いていたなんて、

ビアンカには考えられなかった。



驚き、混乱。

ビアンカの心は乱れに乱れた。

そしてその結果は、明日には出てしまう。

明日には、すべてが終る。



ゆらりと日が沈み、夕焼けが街を染める頃、ランプの灯りもつけずにただ

ビアンカはテーブルに深く頬杖をついていた。

何度もため息をつき、暮れ行く街並みを見つめていた。



トンヌラと再会したときのこと、

この街に始めて来たときのこと、

水のリングを探しに行ったこと、

フローラの存在に心がざわついたこと・・・

思い出せばほんの短い数日間が、彼女にとっては何ヶ月にも感じられた。

父の看病をしながら、毎日変わらぬ日を送っていたあの頃と比べたら、

一日が何日分にも感じられた。



気がつけば街はすっかりと闇色に染まり、藍色の空が人々を夜に誘った。

しかし、街のざわめきは小さくなることを知らず、

ルドマン家の婿殿が明日の朝決まるそうだ

しかし婿殿には想い人がいるらしい

ルドマン殿はフローラ嬢とその想い人を婿殿に選ばせるらしい

こんな噂話に花を咲かせていた。



ピロッ



別荘の扉の開く音がした。



ビアンカ・・・? もう寝てる?」



闇の中にトンヌラの声が響いた。



ビアンカは街のざわめきを伝える窓に、寄りかかるようにして、

夜空の星を眺めていた。



ビアンカ・・・起きてたの。

 ランプもつけずに・・・」



トンヌラが、テーブルの脇にあったランプに灯を点す。

部屋の中がぼんやりと、あたたかな光で覆われ、お互いの表情が見えた。



トンヌラ・・・なんだか 大変なことになっちゃったわね。」



ビアンカは少し疲れたように、しかし、それに気づかれないように微笑を向けた。



「・・・うん、ビアンカ聞いてたんでしょう。」



ランプのゆるい光のせいなのか、トンヌラの顔はいつもよりぐっと寂しげに

いつになく不安げに見えた。



「聞いていたわ、トンヌラ・・・どうして結婚を渋ったりするの。

 フローラさんのこと、嫌いなの?」



「・・・好きだよ、フローラのことは、好きだと思う。」



「じゃあ、どうして?」



「だって、ビアンカ・・・」



トンヌラは、ぎゅっと拳を握り締めると、ビアンカの目を見た。

黒く、深く、澄んだ瞳で。



ビアンカは・・・

 ビアンカ、僕のこと・・・」



トンヌラ・・・」



トンヌラは、ハッキリと最後までいうことはなかった。

しかし、ビアンカには何を言いたいのか理解できた。



トンヌラは、ビアンカの気持ちに気づいていた。



ビアンカが、トンヌラを思っていることに、気づいていた。

だから結婚を先延ばしにしていた。

ビアンカを傷つけることを恐れて・・・



ビアンカ・・・」



トンヌラ、悩むことなんてないわ。

 あなたはフローラさんと結婚した方がいいにきまってるじゃない。

 ・・・もしも、私のことを気にしているのなら、心配しないで。

 今までだって、一人でやってきたんだもの。」



「・・・」



「さあ、トンヌラは疲れてるんだから、もう眠った方がいいわよ。」



ビアンカは、半分追い出すような形でトンヌラを帰した。

かなり戸惑い、混乱していた。

帰り際にふと振り向いてみたトンヌラの顔が、何か切なげで、印象的だった。



「・・・馬鹿ね、ただのにぶいヤツかと思ってたのに・・・

 いつからあんなに大人になったのかしら・・・」



あのトンヌラに心配されたことが、嬉しくもあり、情けなくもあった。

あの時、

あなたが好きだから、どこにもいかないで、私を選んで・・・

そう言ったならトンヌラは、あのまま傍にいてくれたんだろうか。

明朝の選択で、自分を選んでくれるのだろうか・・・



「馬鹿ね・・・」



一瞬だけ生まれたこれらの思いを、ビアンカはすぐに打ち消した。

打ち消したはずなのに、何故だか、頬に涙がつたうのを感じた。



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