第6話

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ビアンカは珍しく、再度アンディの家に向かっていた。

一度宿に戻り、買い物などを済ませてから気づいたのである。

どうやら薬草をひとつ忘れてきてしまったらしい。

おそらくポケットに入っていたものが落ちたのだろう。

薬草ひとつくらいは失くしても構わないのだが、

アンディの様子が気になってもいたので、迷わず向かうことにしたのである。



ピロッ



扉を開ける。

玄関を入るとすぐ、いつものようにアンディの母親がいた。

しかし、今回は様子が違った。

水の入った桶とタオルを持ってオロオロしている。



「どうかしたんですか?」



ビアンカが不審に思って尋ねると



「おや、ビアンカさん。

 それがねぇ、昼過ぎになってアンディが急に高熱を出して。

 どうしたものかと思ってたんだよ。」



「それ、私が持って行きます。」



どうしたものかじゃなくて、早くそれ持って看病に行きなさいよ!

と、ツッコミは心の中に押し込めて、

ビアンカはアンディの母親から桶とタオルを奪い取ると、

ザクザクと階段を駆け上った。



ピロッ



勢いよく扉を開けても、軽快な音は相変わらずだ。



「アンディさん! 大丈夫!?」



ビアンカが部屋に駆け込むと、アンディはベッドに力なく横たわっていた。

頬は不自然に赤く火照り、口からはゼェゼェと不規則な呼吸が漏れている。

今朝の元気な様子とは、まるで別人と思えるほどに弱っていた。



ビアンカは枕元に座ると、タオルを絞ってアンディの額に当ててやった。



「・・・びあんか・・・さん・・・?」



「どうしたの・・・今朝はあんなに元気だったのに。」



「・・・平気・・・心配・・・ないです・・・風邪・・・かな・・・」



心配させまいとして作り上げたぎこちない微笑が、余計に痛々しかった。



「馬鹿ね、強がらなくっていいのよ!

 抵抗力が落ちてるんだから、ちょっとした風邪だって侮れないわ。」



ビアンカさん・・・ごほっ ごほっ ・・・」



「無理して喋らなくていいのよ、・・・そうだ、

 毒消し草と蜂蜜でお薬湯を作ってあげるわ、待ってて!」



ビアンカは立ち上がり、道具屋へ向かおうとした。

しかし、ごく弱弱しい力に引き止められた。

アンディの手が、ビアンカのマントの裾を掴んでいた。



「アンディさん・・・?」



「・・・いかないで・・・そばに・・・いて・・・」



アンディはビアンカに向けて、既にうわごとのように呟いた。

苦しそうな呼吸音に邪魔されて途切れ途切れに、

その後はただ、いかないで、いかないで、とくり返していた。



ビアンカは、しばらくマントを掴まれたまま立ち尽くしていた。

胸がぐっと締め付けられるように痛んだ。

頬がじっと熱くなり、一筋の涙がこぼれた。



「ごめんね、アンディ。ちょっとだけ、待っててちょうだい。」



次の瞬間、ビアンカはアンディの手を振り払い、駆け出していた。

階段を下り、扉を開け、外に出て向かったのは、

ルドマン邸だった。



ビアンカはためらいなく、ルドマン邸の立派な扉を開け、

驚く使用人たちを押しのけて叫んでいた。



「フローラさん、フローラさんっ、お願い、早く来て!!」



応接室から、トンヌラが驚いた顔をして出てきた。



ビアンカ! どうしたの、何かあったの?」



トンヌラ・・・フローラさんは?」



「二階・・・僕はお父さんと話してて・・・」



ビアンカのあまりの形相にさすがのトンヌラも怯えるように答えた。



ザッザッザッ



階段を下りる音。

フローラだ。



トンヌラさん? ビアンカさん? いったいどうなされたんですの?」



突然の呼び声に、フローラはかなり驚き戸惑った様子でいる。



「フローラ、よくわからないんだ、いきなりビアンカが・・・」



「フローラさん!」



「きゃっ!?」



トンヌラの言葉が終らぬうちに、ビアンカはフローラの細い手首を掴んで

走り出していた。



「い、いったいどこへ行くんですの?

 ねえ、何があったんですの?」



「乱暴にしてごめんなさい、フローラさん。

 でも、アンディが苦しんでるの、また熱が出て・・・」



「まぁ、アンディが!?

 でもどうして・・・ビアンカさん・・・」



「謝罪ならあとでいくらでもするわ、だから今は許して。

 フローラさん、あなたじゃなきゃ、ダメなのよ!!」



ピロッ!



ビアンカはそう叫んで、フローラをアンディの家に押し込んだ。

しばらくすると、フローラとアンディの母親の声が聞こえ、

続いて階段を上る音が聞こえた。



そして、静寂が訪れる。

ビアンカは、自分でもおかしいくらいに必死になっていたことに気づいた。

少々無茶をしたが、きっとアンディにとって最良の手段だったに違いないと信じた。

今は誰もいない玄関口の、開けっ放しの扉を見つめながら、

何故だか胸がちくりと痛んだ気がした。



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