第3話

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ビアンカ、ねえビアンカ!」



何度か名前を呼ばれ、ビアンカは我に返った。



「なあに、トンヌラ?」



ここは宿屋の近くのPUB。

今朝の約束どおり、トンヌラのおごりで、いつもよりちょっぴりリッチなディナー。

安い酒でも飲みながら、おなかいっぱい楽しむはずだった。

しかし、



「どうしたの、ビアンカ

 さっきからボーっとして、料理があまり減ってないよ。」



「え、そ、そうかな。

 でもなんでもないのよ。」



「もしかして、その料理ハズレだった?

 僕のは美味しいよ、代えてあげようか。」



いつもと違う雰囲気のビアンカを心配し、一生懸命話掛けるトンヌラ

その優しさが、今のビアンカには痛かった。



「ううん、そんなことないわ、美味しいわよ。

 ただちょっと、考え事をしてただけ。

 まあなんていうか、この生っぽいキャロットグラッセだけはいただけないわね。」



その気持ちを悟られないように、できる限り明るく振舞ってみる。

それでも正直な彼女のこと、笑顔があまりにもぎこちなく、

さすがのトンヌラも疑いを持ったようだった。



「うーん、やっぱりなんだかヘンだよ。

 本当はすごく疲れてるんでしょう?

 ビアンカにとっては久しぶりの冒険だったのに、あんなに過酷なところに

 連れて行っちゃって・・・ごめん。」



申し訳なさそうに頭を垂れているトンヌラ

少々にぶい彼だが、本気で自分を心配してくれているんだ。

ビアンカはそう思うと、今度は心から、じんわりと笑みがこぼれた。



「・・・ありがと、トンヌラ。」



「え?」



「これでも感謝してるのよ。

 確かにあのダンジョンはきつかったけど、何より楽しかった。

 私はね、またあの頃のように・・・楽しかったあの頃のように、

 トンヌラと冒険が出来たことがすごく嬉しかった。」



ビアンカ・・・」



母がいて、父が元気で、素敵なパパスおじ様と、仲良しのトンヌラがいて。

子猫ちゃんをいじめっ子から必死に助け出そうとしたり、

本を読もうとして読めなくて、なんとかごまかしてみたり。

あの頃の思い出は、ビアンカにとっても、トンヌラにとっても

きっと一番幸せに溢れていたはずであろう。



「ねえ、覚えてる?

 まだ子猫だったチロルを助けるために、レヌール城に行ったときのこと。」



「うん、覚えてるよ。

 あの時本当に怖かった。

 僕は泣きそうだったのに、ビアンカは強かったなぁ。」



「ふふ、私だって本当は怖かったのよ。

 でも、私はお姉ちゃんだからって、ずいぶん強がっていたのよね。」



ランプの光を浴びて、きらきらとゆれる安い酒の入ったグラスを傾け、

ビアンカは思い出にふけるように頬づえをついた。



ビアンカがさらわれちゃったとき、急に一人になったのがものすごく怖くて、

 ずっとずっと泣きながら戦ってたんだよ。

 やっと会えたときは、二人で一緒に泣いちゃったよね。」



「そうだったわね。

 でも、トンヌラが助けに来てくれたとき、とっても嬉しかった。

 どんなくしゃくしゃな泣き顔でも、たのもしく、かっこよく見えたわ。」



遠い思い出を語る二人の言葉は、弾むようで、しかしどこか儚く紡がれた。

今はなき、甘美な夢に浸るように、砂漠の夜は更けていった。



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