第2話

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その夜、ミネアは寝付けずに宿の外に出て星空を見ていた。

コナンベリーの寝苦しい夜。

潮風が汗ばんだ頬に心地よかった。



深い闇に星々が泳ぎ、

華やかな町の灯りと共に穏やかな夜が見える。

ミネアは夜、そっと静かな場所で、風の音を聞くのが好きだった。



「そこにいるのは、ミネア殿ではないか。」



突如静かな風の音を、深く低い声が破った。



「ライアンさん……?」



ミネアが振り向けば、寝巻き姿のライアンが立っていた。

いつものいかつい鎧を身に着けた姿からすると

ただ布の服をゆるく来た彼の勇ましさは半減し、代わりに少しは親しみやすく見えた。



「どうなされた、こんな夜更けに一人で出歩くとは。」



「いえ、少し夜風に当たっていたのです。」



「何か悩みでもあるのではないか?

 ここのところ毎晩、気づけばミネア殿はどこかへ出かけている。」



「気づいていらっしゃったんですか。

 起こさないようにそっと出てきたつもりだったんですが。」



「こう長年戦士をしていると、気配には敏感になるものだ。」



ミネアはライアンの方を見たが、またすぐに空に目を移した。

夜、抜け出していることに気づかれていたのは意外、かつ不覚だったが

なぜか嫌な気はしなかった。



「そうですか、職業病というものですね。

 まあ、この戦いが続いている間はむしろその方がいいのかもしれませんが。」



「この戦いも、なにやら不可解な方向へ向かっておりますな。

 デスピサロを敵として今までやってきたのが、

 なんと今や戦友として共に同じ敵を目指している。」



ライアンは一歩前に出て、ミネアの隣に並んだ。



「ええ、それも今このとき、デスピサロが勇者様と同じ宿屋で眠っている。

 これは正しいことなのでしょうか、私にはわかりかねるのです。

 ライアンさん、あなたを意見を聞きたいですね。」



ミネアはライアンを少しの間見て、もう一歩前に出た。



「さあ、わかりませぬな。

 だが、心配には及ばぬ。

 もしもあのピサロが勇者殿に危害を加えるそぶりを見せたなら

 このライアンが即座にたたっ斬ってやりましょうぞ!」



今ここに二人がいるということは、

今この瞬間ピサロが勇者に何かしていても止められないではないか。

相変わらずやたらに気合の入っているライアンを横目に、

ミネアはため息をついた。



「確かに、そういった不安もあります。

 ですが、私が心配しているのは、勇者様の心のほうです。」



「ほう、勇者殿の心?」



ライアンはまた一歩前に、ミネアの隣に並んだ。

ミネアはただまっすぐに、空の星を見つめていた。



「ライアンさんにもお話しましたよね。

 私と姉さんは、父の敵を取るために旅に出ました。

 そして、父の敵バルザックと、彼を操っていたキングレオの退治に成功した。」



「我々が初めて出会ったのが、キングレオ城でしたな。」



「父が殺されたとき、どれだけ悲しかったことか。

 どれだけバルザックを憎んだことか。

 ライアンさん、あなたにもお分かりになるでしょう。」



ミネアは空を見上げたまま、言葉を続けた。



「勇者様は、ご両親のみでなく、村すべてを失っています。

 愛する人々も、思い出の景色も、すべてを一瞬にして……

 あなたもあの方の故郷を、ご覧になったでしょう。」



ミネアは目を閉じた。

一筋の風がミネアの長い髪をなでた。



「そうでしたな、それも……

 デスピサロの手で。」



ライアンは、ミネアと同じ星空を見上げていた。



「ミネア殿、拙者は自らを恥じる。

 勇者殿があまりにも寛容で、更に気弱であったためか。

 こともあろうかこれまで勇者殿の気持ちを思いやることが出来なかったとは。」



「ライアンさんが恥じることはありません。

 私といえど、思い悩むだけ。

 何一つ勇者様にして差し上げることは出来ないのですから。

 もはやこの水晶球でさえ……何も映してはくれないのです。」



ミネアは、肌身離さず持ち歩いていた水晶球を、空に掲げた。

水晶球は、ただまっさらに透き通って、夜空を映していた。

真っ黒な、闇。

ただ深い闇だけが、そこに映っていた。



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